プロフィール

はじめまして。
このサイトを管理者で現役で外資系企業で勤めているのサラリーマンのトムと言います。

今、日本の企業は、リーマンショック以降なかなか立ち直れない状況がずっと続いていますね!そんななか、あなたの生活は向上していますか?仕事にやりがいはありますか?

このまま、今の会社にいても給料も伸びない、スキルも確立できない、残業や休日出勤も多く不満だというあなた。

 ちょっと目線を変えて、外資系企業(+日系でもグローバル企業の海外駐在員など)への転身を目指しあなたの仕事・生活環境を大きく向上させませんか!外資系企業では、仕事をきっちりこなせば、確実に認められて評価される世界です。

ワークスタイルバランスが取れている企業も多く、日本独特のつきあい残業も一般的には存在しません。プライベートも充実しやすい環境です。

私も外資系企業に勤め始めて10年以上経ちます。現在ではアジアの国々を統括する営業/マーケティング部署のマネージャ-となり、日々忙しくも充実した家庭人、会社員生活を送っています。自分のキャリア形成はまだ完成していませんが、目標に向かって正しい道を歩めていることを切実に感じています。

外資系は仕事が大変だ。英語話せないとNGと思っていませんか?外資系企業もいろいろあります。日本に根差した会社で日本人が多く働いているところから駐在員事務所のようなところまで。働き方がスマートなだけで、仕事のボリュームも難易度も日本企業あまり変わりません。リストラするなどのイメージも先行していますが、目指す企業の状況を知れば生き残るのは難しくありません。また、英語などの語学力は必要に応じた勉強で何とかなります。絶対に!

それより今後どんなに頑張っても、昇格や昇給もままならない日本企業より、普通に結果を出せば昇給も取り組みたい仕事にも就きやすい外資系企業であなたの能力を伸ばし、生活向上を目指しましょう。

当サイトでは、外資系企業の事を全く知らず、飛び込んでいった私自身の経験を共有させて頂き、良い外資系企業に転職するコツ、外資系企業で生き残るコツを紹介していきます。

サイト管理人トムの詳細プロフィール

私は、22歳から40歳に至るまで、3回の転職して現在は、ある外資系大手のグローバル部門で現役サラリーマンをしております。

仕事内容は、日本を含むアジアの大手顧客向けへのセールス兼販販売促進の仕事をしています。アジア各国に散らばっている部下と連携しながら世界的に有名な超大手企業向けの獲得に向けて忙しい毎日を送っています。

アジア各国はもちろん欧米の関連部署とも毎日のようにコンタクトしながら目標達成すべく頑張っております。年収も責任者というポジションという事でXXXX千万に到達するに至りました(すいません年収は秘密ですが、日本の会社では大手企業の役員の中の中レベルの給与と一緒くらいかなと思います。想像してみてください!)

最初の会社

私の会社員のスタートは実は日系の会社でした。当時は大手の日系の会社に勤めることがステータスでしたので(今もですね!)、必死で就活を乗り切りましたが、目指していた商社は軒並みアウトになりましたが(笑い!!!)、ある大手電気メーカーに入社することができました。

その大手電機メーカーは今では日本の中で業績自体は超優良安定企業として位置づけられておりますが、私が入社した頃は家電から重電まで手掛ける総合電機メーカーであったため不採算部門が大きく足を引っ張っている状態でした。配属先はプリンティング部門でどちらかと言いますと足を引っ張っている部門の一つでしたが、新入社員だった私はそこでも元気よく働いていました。

入ってみてわかったのですが、まさしくこの会社は昔からある日本の悪い部分(良い部分でもあるかな?)である年功序列を絵に描いた会社でした。新入社員の私には大した仕事を任せてもらえず次第にこのままこの会社で働き続けていていいのだろうか?何年たてば、部長や課長の地位に付けるのだろうかと考えると暗くなってきた自分を今でも思い出します。

1回目の強制的な転職

就職して数年が経ったころでした。日本全体もリーマンショックから抜け出せない頃だったと思います。いよいよ会社全体の業績があまり良くない状態になったこともあり部門ごと(正確には会社単位に分かれていたので会社ごと)とある大手の日系企業に売却されてしまい、私自身も最初の1回目の”強制的な”転職となってしまいました。

今は日本でも、欧米のような部門ごと(会社ごと)の買収は、特に電機メーカーでは頻繁に起こっていますね。まさにその中に一員となってしまったわけです。まだ結婚して間もない頃でしたので将来が不安だったですね。

この会社で頑張ろうと思い直して、文化が違う会社にも溶け込もうと必死でしたが、同時にやっぱり自分の人生プラン(キャリアプラン)はしっかり描かないといけないなとこの強制的な転職を機に想うようになりました。一緒に転職した社員は、新たな会社ではばらばらになり、次第にやめていく人も出てきました。一方、今でも転職先の会社で頑張っている人もいますが。

私自身はこの先どんな事をしたいのだろう、何を大切にしたら良いのかと考えて目標を決めました。

  • 会社に一生を預けないようにする(頼りすぎない)
  • 家族と楽しく暮らせるように若いうちから出来るだけ多くの年収が得られる仕事がしたい
  • 人から常に感謝される仕事をやりたい

今から考えると、少々幼稚な部分もありますがこの目標を実現すべく、1回目の転職から3年後に思い切って外資系企業に転職を致しました。

2回目の転職会社はアジアでスタート

2回目の転職は、自らも目標達成にそって考えたのです。3年契約でアジアにある世界的にも有名な会社の本社で仕事をすることになりました。初めての外資系企業です。しかも、いきなり日本を離れることになりました。妻を帯同することも条件に入れての契約を致しました。その会社は、弱い部門を強化すべく、多くの日本人を引き抜いている会社でして、私も外資系専門の転職エージェントを通して紹介いただきました。ある意味ラッキーだったのかもしれません。

この転職活動を通して、日本の外資系企業への転職方法や外資系を渡り歩いている人の実態、そのやり方などしっかり学びました。ある意味、日本の企業しか働いたことがなかったので驚いたことも多々ありました。渡り歩くなんて知らないですよね。普通は!

その2回目の転職先での英語は最初の会社や1回目転職した会社で毎日のように使っていましたし、アジアという事もあり比較的すんなり問題なく仕事ができました。で、ですね。この2回目の転職から大きく年収が増えたわけです。また3年契約(延長も可でしたが)という事もあり、目指すべき4年後の再度の転職を最初から頭に入れて働いていました。アジア人の部下も沢山出来てある意味ここでの経験が今では大きく生かされていると考えております。

3回目の転職へ

冒頭に書きましたけど、3年の契約を終了し、今は3回目の転職を行いました。今は東京でアジアの大手顧客部門のセールス、マーケティング部門の責任者として働いております。最初と1回目の転職した会社までは、仕事とある意味人生を会社に委ねていた形でしたが、2回目、そして3回目の転職では自ら目標を持ち仕掛けて、リスクも取りながらつかんだ仕事だと考えています。今は中年の代表である40歳になり次の目標を目指して頑張っている真っ只中です。

3回の転職で学んだこと

やっぱり自分の人生は自分で決めなきゃいけないという事。私の場合は、たまたま1回目の転職で強制的に会社が変わりました。しかもそれは日系企業でです。これからの時代は、外資系だから危ない、日系企業だから安全というのはなくなってくるのではないかと思います。境目がなくなるというのでしょうか。

あと、自分の人生プランを持って行動している人がいるという事。しかも結構具体的です。すごく大事な事だと思います。会社に頼りすぎず、自分の考える道を歩むことは、これからの日本人に必要な事ではないかと思います。もちろん、平坦な道のりではないですが、ちゃんと準備をしていればある程度のリスクは回避できるのではというのが気づきの一つです。

これからの目標

このブログに沿わないので、あまり詳しくは書きませんが、私には明確で具体的な目標があります。外資系の転職は私の目標の一過程です。外資系企業に働くことは日系企業より目標に到達しやすいと考えています(主にお金の分部と若いうちからの経験)。

50歳まであと10年のうちにやるべき準備をして、最終目標を目指していきたいと思います。そのような事が実現できる準備期間として外資系企業に働かせていただいていることに今は感謝しています。

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